『宇宙の掃除士』 #01 take2
『宇宙の掃除士』 #01 take2
「こちらウィロー、前方に目標を捕捉。編隊の規模L、接触は15分後の見込み。
至急、増援の派遣を要請します」
俺は1200宇宙キロ向こうの司令部へ打電をした後、愛機のコクピットで息を殺したまま返事を待ち続ける。
もちろん、宇宙空間で喚いたって誰にも聞こえやしないが、これは物の例えだ。
外部へ俺の存在を知らせないように、座標を絞った指向性通信以外は一切の通信/索敵レーダの類を殺しておく。
司令部へ打電が到達するのが約10分。応答が来るまで更に約10分少々といった所か。
ベッドで二度寝するんなら一瞬だが、じっと孤独と不安に怯えて待ち続けるには永遠にも等しい時間だ。
俺は時間を持て余して、正面のディスプレイから目を逸らす。
ディスプレイの脇の銘板に刻まれた「オウガヘッダーβ」の文字。これがこの機体の名前だ。
戦術行動用機動掃宙艇、通称モビルスイーツ。正しくは何ちゃらTacticalShipとかの略称だが、昔風にいえば宇宙戦闘機とか戦闘艇とでもいったところか。
この仕事を始めてもう5年になる。気がつけばベテランの仲間入り。
やってることと言えば、専ら宇宙の掃除。
とは言ってもデブリの回収みたいな立派な仕事じゃない。むしろゴミを生産し続けるのが俺らの仕事か。
ゴミの原料になる連中の名はAIMS。まあ奴らには話が全く通じないから、コチラが勝手に呼んでいるだけだが。コレも何とかって略称なんだが何度聞いても覚えられないので、もう気にしないことにしている。略称ってのはなかなか便利だ。
重要なのは、以下の2点、
一つ、奴等が俺たちに危害を与えるということ。
二つ、奴等が自己増殖する機械だってことだ。
特に二つ目が重要なポイントで、生命の定義をちょっと見直すならば、機械生命体とでも呼ぶのが良いのかもしれない。新天地を求めて宇宙の海をさまよう俺達の船に、群れを成して襲いかかってきた連中は、群れの親玉を始末しないと何度でも復活してしまう。
反応兵器でも使って雑魚もろともまとめてドカン、とできりゃあ楽なんだが、群れの雑魚共をチマチマ始末しないと親玉は姿を現さない。
雑魚共も、一匹ずつの動きはトロいものの、数が多いとなかなか厄介な相手だ。
小さい群れなら単機でも対応できなくはない……が、今日の群れはなかなかデカい。
正直、コチラも徒党を組んで出直したいところだ。
しかし、残念な事に、うかうかしてると群れ毎トンズラされちまう。
見つけ次第、誰かが張り付いておくのが鉄則だ。そうして寄ってたかって袋叩きにする。
それが俺達の勝利の方程式。
――打電してから既に15分が経過している、そろそろ奴らにもコチラの存在がバレる頃だ。
(しゃあねえ、いっちょやってやるか。)
そう腹を括った瞬間、受信機が希望のファンファーレをかき鳴らした。
『ウィロー、こちらササダンゴ。要請を了解した。増援は手配済みだ。
それまで持ちこたえろ。健闘を祈る』
「了解!」
律儀に応答しておくや否や、俺はスロットルペダルを思いっきり踏み込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺にケツを引っぱたかれた愛機は、流星の様に奴らの群れへ突っ込んで行く。
重力制御装置で吸収できない加速Gが俺を襲うが、どうってことはない。
キッチリ16匹が横一列に並んだのが6行分、整然と、しかし左右へ蛇行しながらという奇妙な動きでこちらに迫ってくる。
これが連中のお決まりフォーメーション。何の意味があるのかはわからない。
わかってるのは、この形のときに懐へ飛び込むと連中は一切手出しができないって事だ。
見つけた奴にちなんで、「ナゴヤ撃ち」と呼ばれている。
わかっていてもなかなか度胸が要るが、ほぼゼロ距離から最前列を横から片っ端に落としていく。
弱いものイジメをしてるみたいで気が引けるのも事実だが、こうやってマメに「駆除」をしないと死ぬのは俺達だ。
と、敵の陣形が崩れ、そのうち乱戦になる。
もちろん奴らも飛び道具を使ってくるが妙に弾速が遅いし、1~2発当たったところでこっちにはシールドがあるから、ボンヤリしてなけりゃ早々やられることもない。
しかし、大勢に無勢とはこのことだ。あたり一面全て敵。笑うしかない。
シールドのお陰で致命的なダメージは無いものの、シールドは回復するのに大分エネルギーを消耗する。このままではジリ貧だ。
「近接目標多数。ファイヤーバーストの使用を提案します」
オウガヘッダーの戦闘支援システムが、ヨシコ・サカキバラの声で無様な俺に催促する。
要は、防御シールドをわざと暴発させ、周囲の連中を吹き飛ばすって魂胆だ。
しかし、その後シールドの回復には数十秒かかる。その間、俺と愛機は丸裸。
「こんな状態で使えるか!それこそ袋叩きだ!」
「ファイヤーバーストは、このような状況下で使う為の装備です。」
「わかったよ!」
腐肉に群がる蝿の群れ(って言うのは俺も映像アーカイブでしか見たことが無いが)のド真ん中で炸裂したファイヤーバーストは、俺の心配をよそに周囲の蝿共を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた。
残された腐肉としては、ここで勝利の凱歌でも歌って昼寝でもしたいところだが、そうは問屋が卸さない。
難を逃れた蝿共が、俺に向かって殺到するのにさほど時間はかからなかった。
丸裸でひたすら逃げ回る哀れな俺。
「被弾、索敵システムにダメージ」
「あ、もうダメかも」
「まだ大丈夫です。」
有難い事に、いつでもどんなとこでもヨシコの声は冷静だ。
「システム稼働率85%、致命的ダメージ無し。エネルギー残量が警告レベル。」
(それって、あんまり大丈夫じゃねえな。……帰れねえ)
ぼちぼち年貢の納め時か……と思った時だった、
『こちらマルボーロ、ウィロー調子はどうだ?』
ワープアウトして来たマルボーロことワカエから入電。
「こちらウィロー、見てのとおりでござんすよ。」
『減らず口叩けるなら心配ないな、援護する!』
続けざまにワープアウトしてくる僚機達。
『こちら、パンナコッタ。生きてるかセガワ!』
『こちら、ガトーショコラ。待たせたな』
『こちら、ドンドルマ。戦闘宙域に到着。これより戦闘に入る』
『こちらマルボーロ、おせぇよお前ら!』
「お前が言うな!」
瞬く間に蹴散らされる蝿共。
いや、さっきまで俺が同じ数を一人で片付けたって事を忘れるな。
「そう言えば、スガセはどうしたんだ?」
『モギビワゼリーは、GBDの換装に時間がかかるそうだ。直に到着するだろう』
「え?アレもう使っちまうのか?」
『そろそろお出ましだぞ』
ようやく姿を現した、コードネーム:“ボスギャラガ”
青く光るでっかいカブトムシにも見える。
コードネームの由来は太古に流行したTVゲームらしい。そんなどうでも良いことはよく覚えている。
『こちら、モギビワゼリー。目標を確認した。GBD、エネルギーチャージ。各機、散開せよ』
GBDは重力場制御による攻撃、早い話が極小のブラックホールをぶつけて相手を空間丸ごと殲滅するってトンでもない兵器だ。
とにかく巻き込まれたら堪らない、俺はスロットルを蹴っ飛ばし、全力で目標から離脱する。
『エネルギー充填120%、発射!』
“ボスギャラガ”へ伸びる一筋の閃光。
一瞬の後、敵を飲み込んだ巨大な光球が黒く変色しながら1点へ圧縮されていく。
――そして宇宙は再び静寂を取り戻した。
『『『『『「よっしゃあ!」』』』』』
「……こちらウィロー、スイーツ隊任務完了。これより全機帰還する」
『『『『『了解!』』』』』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……あいつら一体何がしたいんだろう?」
『奴らのテリトリーを犯しているのは俺達の方だからな』
俺の独り言に、ワカエが律儀に応えた。
『かもしれん。しかし何か?じゃあ引き返すのか?生き残る為には前に進むしかない』
熱血漢のエゾエらしい意見だ。
「まあそうだけどよ」
『考えても仕方のないことは考えるな』
エトーはいつも冷静だ。いや、一番冷静なのは無駄口を叩かないトキスか。
『そろそろだ……よしよし感度良好』
ガス欠の俺の機体を曳航するスガセは、ラジオを弄っているようだ。
生命維持モードになっている俺の機体ではわからないが、どうやら母船の船内放送が受信できる距離まで近づいたらしい。
俺もつられてラジオのスイッチに手を伸ばす。
『今夜はクラシック・ナイト!最後のナンバーは、ダイスケ・イノーエ「めぐりあい」』
勝利の方程式、今のところなんとか健在。
俺にはまだ還れるところがある、こんなに嬉しい事はない……。
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☆ ☆ ☆ C A S T ☆ ☆ ☆
SWEETS-01 “ウィロー”瀬川 cv: 山寺宏一
SWEETS-02 “マルボーロ”若江 cv: 大塚芳忠
SWEETS-03 “パンナコッタ”江副 cv: 堀内賢雄
SWEETS-04 “ガトーショコラ”衛藤 cv: 井上和彦
SWEETS-05 “ドンドルマ”時須 cv: 井上真樹夫
SWEETS-06 “モギビワゼリー”菅瀬 cv: 森功至
スイーツ隊司令 “ササダンゴ” cv: 古川登志夫
……誰も、一人では生きられない。
END