”This Side of Paradise”
(ちきしょうッ、西のヤツら!)
帰宅の途中、空襲警報がけたたましく鳴り響き、おかげで今月三度目の徒歩帰宅を余儀なくされた正登は、心の中で毒づいた。
空襲警報とは言うものの、戦果を狙うというよりはっきり言ってただの嫌がらせとしか思えない散発的な攻撃である。
ただ、警報が解除されるまで公共の交通機関は一切動かない。そして一端マヒした帝都圏の交通は回復にかなり時間がかかる。夜更けには混乱は収束するだろうが、歩いて一時間程度の距離ならばとっとと歩いて帰る、それが正登の半ば習慣になっていた。
(ん?あれは?)
人気のない神社の脇を抜けようとした時、森の方へ降りてゆく落下傘の影が見えた。
正登は護身用の拳銃を握り締め、できるだけ足音を立てないようにして、その行方を追う。
(敵の空挺部隊だったら?)
興味本位に接近したことを一瞬後悔したが、それにしては無様な降下っぷりだった。
ガサッ、と大きな音がした直後、バキバキッと枝の折れる音、そしてドスッと鈍い音が聞こえた。音のした辺りを物陰からそっと伺うと、飛行服らしき格好をした男が倒れている。落下傘だったらしき布切れは、無残に破けて枝に引っかかっていた。
(死んでいる、のか・・・?)
拳銃を握り締めたまま、飛行服の男へ恐る恐る近づく。息がある。
「貴様、西の兵隊か?動くなッ!」
緊張のあまり思わず出した大声に男は微かに呻いた様だったが、怪我をしているのか意識が朦朧としているようだった。警戒を解かず、男の頭に拳銃を向けたまま辺りを見回す。よく見るとまだ若い、そしてひどく小柄だ。子供なのかもしれない。
(さて、これからどうするか?警察に通報するか?しかしどうやって?)
その時背後で声がした。
「マサト!?」
振り向かなくても声の主が誰か判った。母の伸子だ。警報を聞いて徒歩帰宅してきたのだろう。
+ + + + + +
母が、男を連れ帰って介抱するように言ったのは正登には意外だった。
いや、もっと意外だったのは、男だと思った敵兵が実は女だったことだ。
――アタシは医者なんだから、怪我人の介抱くらいしたってバチは当たらないだろう?
伸子はそう言って、自宅兼診療所の空きベッドに少女を寝かした。
用心の為、暴れる患者用の拘束具をつけてはあるが、体を圧迫しないように気を使ってあるのは明らかだ。
(警察が来たらどうすんだ?)
正登は、母の処置に不満を覚えたが、母の気まぐれは今に始まったことではない。
回復したら尋問して警察に突きだしてやればいい、くらいに考え直すと気も楽になった。
髪を短く刈っているので気がつかなかったが、落ち着いてよく見れば整った目鼻立ちである。歳も自分とそう変わらない様に見える。
(こんな娘にまで戦争させてるのか、西は。)
「!? クッ、あ痛ッ!」
「気がついたか?
悪いが危ないもんはこちらで処分させてもらった。心配しなくても介抱したのはお袋だ。」
「……」
「お前、西のもんか?」
「……」
「俺はオオヤママサト、大きい山を正しく登る、で大山正登」
「……」
「ちぇ、まあいいや。リンゴでも食うか?」
「これを外せ!」
「何だちゃんとしゃべれんじゃねえか、悪いが暴れられると困るんでね、しばらくそうしててくれ。別に取って食ったりしねえよ。それに大分衰弱してる、まともに歩ける体じゃない」
「ここは?何処だ?」
「帝都……の端っこだな」
「生きて虜囚になるとは……死んだ同胞に面目が立たない」
「敵地でノビてたくせに面目も何もないだろ?……それに、毒薬くらいならあるぞ。」
「……」
「……親父はお前等との戦争で死んだ。名誉の戦死って奴だ。おかげで遺族年金とやらが結構な額になるんでね。一応食うには困らない。」
「攻めてきたのは、貴様ら東の方だッ!」
「東だの西だのって下らない事を始めたのは、あんたら日本民主共和国さんじゃなかったか?」
「我が国を愚弄するな!」
「そんなに御国が大事かよ?」
「腐敗した思想だ!」
「うるさいよ!アンタたち!」
いつの間にか帰宅していた伸子の一喝に、二人は黙り込む。
「意識が戻ったみたいだな?」
「一応聞くけど、警察には知らせないのか?」
「野暮なことは言うもんじゃないよ。連中、けが人をいたぶってさ、一応医者だよアタシは。ああ胸糞悪い。その娘のことは、京都から疎開してきた親戚とでも言っときゃいいだろ。」
京都は東西の開戦の混乱の中、早々に中立地帯を決め込んでいた。
「西」は、有力者が多数在住している京都には強硬な手段を取れず事実上黙認。
「東」も、帝の宮城がある以上、迂闊に手を出せなかった。
表立った戦闘行為は無いものの、双方の工作員がせめぎ合いキナ臭く変貌した街に愛想を尽かして「疎開」する人々は後を絶たない。
伸子は、ベッドに縫い付けられたままの少女を一瞥すると、正登が習慣のように淹れたコーヒーを啜った。
+ + + + + +
コーヒーを飲み干した伸子は、ため息の後、徐に少女の拘束を解き始めた。
言葉を発しかけた正登を眼で制し、少女の傍らに座る。
「待遇に不服か?
息子の言うとおりさ、死にたければ勝手にするがいい。
だがいずれこの愚かしい戦争も終わる、そうなれば日本人同士で血を流すこともなくなる。
東だ西だと全く下らない話だよ。」
「共和国軍は……そうやすやすと東の軍門には下らない!」
「そうかい?
こんな年端も行かない女子供を腹ペコで前線に送るような国がさ、何をどうやって勝てるのかね?」
「……」
「とりあえず暫く安静にしてな、死ぬのはそれからだっていいさ」
「……生き延びて、どうすれば……?」
「わだかまりはすぐには消えやしない、でも時間が解決してくれるさ」
「……東の人間はずいぶん楽天的なんだな」
「そうでないと医者なんかやってらんないよ。……リンゴ、食べなよ」
少女はリンゴの欠片を齧ると、僅かに顔を綻ばせた。
「……甘くて……おいしい」
「そりゃそうさ、リンゴは津軽って相場が決まってるんだ。アンタ、名前は?」
「アキラ。暁と書いてアキラ。中川暁……です」
「素敵な名前じゃないか」
「母が付けてくれた名です。……父は姫路へ出征したまま還りませんでした」
「ウチの旦那もそうさ、英雄から軍神へ栄誉の出世、アハハ」
屈託もなく陽気に笑う伸子に、呆気にとられていた暁もつられて笑い出してしまう。
「……アハハハ、あれ?笑うところじゃないのに?
あれ?何で、私、泣いてるんだろう?」
伸子は暁の肩をそっと抱くと、掠れた声で呟いた。
「泣きたい時は泣いとくもんさ、涙が出てくるウチが華ってもんさ」
正登は何故だか少女の泣き顔を見つめていたい衝動にかられていたが、自分の歪んだ表情を見られたくなくて、夕食の支度を口実に部屋を後にした。
#############
【Don't Look Back in Anger】
空から降ってきた少女、中川暁の体調は順調に回復し、付近を出歩くこともできるようになった。
敵国の飛行服が近所の川原で発見され、敗走兵の行方が掴めないことに辺りは一時騒然となったが、診療所として人の出入りがある以上はコソコソした方がかえって怪しまれる、という伸子の判断に正登も暁も異存はなかった。
飛行服のサイズが暁の体格よりかなり大きめであったことや、敵兵が年端も行かぬ少女だ等と考える者もなく、10日もしない内に、何処かへ逃亡したか川で自決して下流へ流されたのではないか、という空気が支配的になりつつあった。
暁のことは、一応、近所には正登の従姉妹ってことで通っている。
と、言うよりも伸子が堂々と主張したことに一々詮索する人間はこの界隈にはいない。
――そのはずだった。
伸子の診療所を、何の前触れもなく、中背の男が訪ねて来た。
「どちらさん?」
「私、捜査官の笹生と申します」
男が見せた身分証の紋章に気がついて、伸子は露骨に顔をしかめる。
「特高の刑事さんが、軍神様のお宅に何の御用かしら?」
「先月、敵兵がこの辺りに降下したという騒動について、少しお話を伺えますか?」
「駐在さんには前に知ってることは全部話したんだけど」
「申し訳ありません。これも私の仕事でして。お手間は取らせませんので」
伸子はわざとらしく迷惑そうな顔をしたまま、笹生を中へ招き入れた。
「……何度も言いますけど、それらしい輩に見覚えは在りませんよ。
この辺りは皆顔見知りだからね。他所もんがいりゃ直ぐわかるし」
「そのようですね。そう言えば最近、ご家族が増えたと伺いましたが。」
「ああ、暁のことかい?
今息子と出かけてるけど、あれは京都から疎開してきた姪だって話もしてあったと思うけど?」
「確かにそのように伺っております。暁さんの身元について証明できるものは在りますか?」
「あの子はね、京都でスパイかテロリストだか知らないが、あんた等のお仲間の抗争に親が巻き込まれて命からがら逃げ出してきたんだよ、そんなもん残ってやしないよ」
「そうですか。
わかりました、今日のところはこれで」
笹生が診療所を後にしようと立ち上がった時、買い物を終えた正登と暁がちょうど戻ってきた。
正登は、不審な来客を怪訝な眼差しで見送った後、伸子に詰め寄った。
「……あれ、軍人だろ?また妙な仕事の依頼か?」
「惜しいがちょっと違う、特高の捜査官だとさ。暁のことを嗅ぎ回ってるみたいだな」
「!」
「うまくごまかせた、と思いたいが……」
そんなに甘くないだろうな、と言いかけて伸子は口をつぐんだ。
+ + + + + +
『狭まる包囲網。屋島要塞陥落。』
『政府軍は西の本拠地広島へ向け進軍中。』
『西は呉に戦力を集結し徹底抗戦の構え。いよいよ最終決戦か』
新聞の見出しが威勢のいい事を並べたがるのは今に始まった事ではないのだが、その内容が具体的になってくると、正登は泥沼の戦争の終局が近いことを期待せずにいられなかった。
広島への圧力が高まるにつれ、「空襲」はめっきりなくなったものの、市街地での嫌がらせのような無差別テロが目に付くようになっていた。けが人こそ出ていないものの、全ての元凶は目下の敵、西日本こと日本民主共和国であるとの風潮が高まっていくのは、ほぼ必然の成り行きだった。
特高が診療所を監視しているのは暁の身辺を洗う為だとか、泳がせておいてテロリストらを一網打尽にする為だとか、尤もらしい風聞が拡がるのに、さほど時間は掛からなかった。
「どうする?ってか、暁、アンタどうしたい?」
憂鬱そうに尋ねた伸子に、暁はキッパリと答えた。
「国へ帰ります。これ以上ご迷惑はかけられません」
「しかし……どうやって?」
「京都まで辿りつければ、同胞と接触できると思います。その後の事は成り行きで。」
「確かに疎開便の帰りはガラガラだけどな……」
「……俺が、京都まで送るよ」
沈黙を守っていた正登が、意を決したように口を開いたことで『作戦』は可決された。
+ + + + + +
「どうかしたか?」
京都行きの便を求めて都心へ向かう車中。
二人掛けクロスシートの隣席で落ち着かない様子の暁に正登が声を掛けた。
「……やっぱりこんなヒラヒラした服、着た事がないし……」
要するに照れているらしい。
ちょっと前時代的と言えなくもないが、白いワンピースが暁には良く似合っていた。
『作戦』の決行が決まるや否や、伸子が箪笥の奥から引っ張り出して来たものだ。
死んだダンナに初めて買ってもらった記念の一品だ、と聞くと暁は固辞しようとしたが、伸子が寄り切った。
『アタシはもうこんなの着れないし、まさかこのドラ息子に着せる訳にもいかないだろう?
ほら!良く似合うじゃないか?』
『……でも、大事な物では?』
『もちろん、返してもらうよ』
『!?』
『必ず、アンタはアタシに返しに来るんだ、約束だよ』
『……約束します。きっと』
「……確かに、似合ってるよな」
「え!?今、なんて?」
思わず口にしながらも照れくささに耐え切れなくなった正登は、暁の質問を黙殺した。
微妙な空気が二人を包む。車窓に視線を移すと、咲き乱れる桜の花が風に舞い乱れていた。
――ずっと、このまま、どこにも着かなければいいのにな。
陽射しにまどろみながらそんな事をぼんやりと考えた時、暁が不意に身を硬くしたのが正登にも伝わった。
「正登」
「どうした?」
「……つけられてる」
「特高か?」
「多分」
「走れるか?その靴で」
「問題ない。確認済みだ」
電車が駅へ滑り込み、再び扉が閉じるその刹那、二人はホームへ飛び降りた。
何人まけたか判らないが、振り返る余裕もなく隣のホームの電車へ滑り込む。直後にドアが閉じ、逆方向へ列車が動き出す。どうやら同じ列車には追っ手は乗れなかったようだ。
「これから、どうする?」
「京都行きの便はいくらでもある。次の八王子で車に乗り換えよう」
「わかった」
八王子駅のホームを駆け抜け、改札から飛び出す。
(どれでもいい、直ぐに出そうなバス……あれだ!)
駆け出した二人の行く手を阻むように現れたのは、笹生だった。
「中川暁さんですね。任意ですがご同行願います」
「待ってくれ、この娘は俺の従姉妹なんだ。京都の実家に送るところ…」
(……がと)
なにか聞こえた気がして、正登は振り向いた。
いや、振り向こうとした時、首を後ろから固められ頭に何か硬いものを押し付けられた。
「自分は日本民主共和国海軍、第九〇三航空隊所属少尉、中川暁である。」
「アキラ!?」
「これより原隊に復帰する為、日本国政府に対し適切な移動手段を要求する。
抵抗すれば人質の命はないぞ!速やかに列車か車を用意しろ!」
事態が呑み込めない正登とは対照的に、冷静さを崩さず笹生が暁に問いかける。
「それは市民自警用に配布されたゴム弾です。人は殺せませんよ」
「そうか?この距離ならただでは済まないはずだ」
「とにかく落ち着いてください」
「うるさい!早くしろ!」
「……仕方ありませんね」
笹生はそう呟くと同時に、拳銃を持った暁の手首を掴んだ。
「え?」
まったく反応できない暁。
そして笹生は間髪入れず暁の手首を捻り上げる。転がる拳銃。
「重要参考人、中川暁、確保しました。負傷者ありません」
+ + + +
取調室。暁を尋問する笹生
「……本当に、それでいいのですか?」
「処刑されれば仲間にも面目が立つ」
「今時そんな物騒なことはしませんよ、西さんじゃあるまいし。
ただまあこのままだと監獄行きは免れません。問題はその後だ。
西の脱走兵が、のほほんと暮らせるほどここは豊かじゃありません。」
「脱走兵?」
「あの騒ぎ、いろんな憶測が飛び交っていますが、公的には脱走兵が市民を脅迫ってことになっています」
「……つまり私は裏切り者、ってわけか」
目を伏せ黙り込む暁。
「でも、どうも腑に落ちない、辻褄が合わないことがあります。そこを調べるのが私の仕事でして。
大山正登君、何度も面会を要求してきている。
彼もまた重要参考人ですので、調べがつくまではお通しできませんが」
「あいつは何も関係ない。私が利用しただけだ」
「彼は、自分が共犯だと主張しています。あなたに逃亡を示唆しその便宜を図ったと。
彼の供述もまた、色々不審な点があり、そのまま承ることはできないのですが、あなたのお話と矛盾していることは事実です。」
「……バカか……あいつは」
「とにかく二言目にはあなたに会わせろの一点張りでして。
まるで、糸の切れた凧、そんな感じです」
「……私は、このままここに留まるわけにはいかない。
同胞が、仲間が、命を張っているのに、自分だけが東でのうのうと……」
「戦争は終わりましたよ」
「え?」
「今朝、広島の政府は降伏しました。予定されていた呉への総攻撃も中止です。
九州が手のひらを返した……西と心中する気はさらさらないそうです。」
湯呑に淹れた茶を啜ったあと、笹生は徐に新聞を暁に渡す。
『西日本、無条件降伏』
――九州連邦軍の拠点、佐世保鎮守府でクーデター発生、太宰府の九州連邦政庁を占拠。小倉、熊本、都城の各旅団本部も同調、日本国政府への恭順を宣言。九州の「寝返り」に西日本の政府も態度を軟化、日本国政府へ降伏の意思を伝えた。
「もう一度伺います。あなたはどうしたいのですか?」
+ + + + + + + +
大山診療所。
昼下がり、焦燥した表情で待合所の長椅子の一部と化していた正登を、笹生が訪ねてきた。
「刑事さん?…お話はすべてしましたよ?」
「そうじゃありません、謎は解けました。事の始終は彼女から全て伺いました」
「……じゃあ俺も共犯ってことで、晴れて容疑者に昇格ってことですね」
「まあそういうことになりますが、若年ですし、被害者も特におりませんので、そう大事にはならないと思います。形式上の審議が開催されますので、近日中に改めて係の者が伺います。
それよりも、彼女の保護者を探しておりまして。」
「迎えに行ってやれ、正登」
奥でコーヒーを啜っていた伸子が待合所に入ってくる。
「アタシが保護観察官資格持ってることは確認済み、ってことでいいのかしら?刑事さん」
「話が早いですね。お願いできますか?」
「乗りかかった船、だしね。そこの置物と違ってあの子結構役に立つし」
「ただ、騒動にはなりましたので、しばらく面倒なこともあると思いますよ。
彼女の今後の身の振り方もありますし」
「生きてりゃなんとかなるさ」
「そうですね」
「勿体ぶった割に、ずいぶん楽天的じゃない」
「そうでないと捜査官なんてやってられません」
「それ、ダンナの口癖」
「そうでしたね」
伸子と笹生は、呆気に取られて固まっている正登を尻目にクスリと笑った。
#############
【Be Here Now】
「部長、何か?」
「笹生捜査官、調書は小説ではありません。業務上の報告書です。即刻書き直しを命じます」
「しかし部長、私は供述に基づき調査した結果をですね、できるだけわかりやすく報告しようと色々工夫をしてですね、また、事実に反することは一切記載しておりません。純然たるノンフィク……」
「笹生捜査官!」
「了解しました!直ちに修正致します。」
+ + + + + + + + +
捜査調書 第AF101-34005号 改訂A
1.概要
星歴1245年3月15日14時、八王子駅南口バスロータリーにおいて発生した、未成年者誘拐未遂事件の経緯について報告する。
2.影響
本件に伴う死傷者なし。物的損害も特になし。
3.関連人物
中川暁:
被疑者。17歳。女。出身地:新美原市尾道区。
日本民主共和国海軍、第九〇三航空隊所属の航空機搭乗員。階級、少尉。
当局の捜査に対し逃亡の疑いあった為、当局により身柄を確保。
大山正登:
重要参考人。19歳。男。帝都産業大学工学部学生。
被疑者の逃亡について便宜を図った疑いあり。
大阪城攻略戦で多大なる功績あった大山虎生中佐の第一子。
大山伸子:
重要参考人。38歳。女。大山診療所代表医師。大山正登の母親。
被疑者の逃亡について便宜を図った疑いあり。
軍属医師として政府軍の活動にも貢献。
4.経緯
1245年2月14日:
中川暁、帝都への航空機による浸透攻撃に際し乗機撃墜され、都内へ降下。
降下時に負傷し、大山伸子により大山診療所へ保護される。
保護に関して、当局への申請は特に無し。
1245年3月15日:
当局の追及を察知し、日本民主共和国への逃亡を計るが失敗。
八王子駅南口にて、同行していた大山正登を人質として抵抗するも、当局により身柄を確保。
5.捜査官意見
以下の観点より、被疑者中川暁の処分は保護観察が適当と判断致します。
1)未成年者誘拐容疑に関して
被疑者は大山正登の所持していた拳銃(市民護身用)を奪い取り、危害を加えることを示唆し逃亡の為の交通手段を要求したが、拳銃の安全装置を解除しておらず、危害を加える意図がなかった事は自明である。
拳銃の構造について知識がなかった可能性については、軍事的な教育を受けていることから否定される。
2)公務執行妨害容疑に関して
事件発生時点での被疑者の立場はあくまで重要参考人であり、当局も捜査並びに任意同行を求める過程で被疑者へ不要な心理的圧迫を与えた可能性が否定できない。被疑者が若年かつ精神的に不安定な状態であることを考慮すると、突発的な自己防衛行動と考えるのが妥当である。
なお、被疑者の行動による捜査官、一般市民への被害は発生していない。
3)騒乱罪容疑に関して
八王子駅での騒動は、当局の捜査に対する容疑者の突発的な行動であり、組織的な計画の痕跡は無し。
また、都内で散発したテロに関しては、テロ実行犯と連絡を取った形跡がなく、被疑者との関連性は一切認められない。
4)密出入国容疑に関して
被疑者及び重要参考人の供述には、京都にて国外逃亡への協力者が存在する可能性について言及されていたが、当局の調査の結果、類似した事例は存在するものの、本件について具体的な計画及び連絡手段は用意されて居なかったことが判明している。(調査の詳細については第三種機密事項に相当する為、本書での記述は省略する)
6.審議予定日
1245年4月20日
7.改訂履歴
改訂A:1245年4月2日 笹生
・上長指示により全面的に改訂した。
以上
+ + + + + + + + +
「笹生捜査官、一つ確認しておきます。」
「何でしょうか?部長」
「重要参考人大山正登の父親、君の元上官ですが、この調書の内容についてその件が影響している可能性はありますか?」
「ありません」
「ならばよろしい、ご苦労様でした」
「失礼します」