グレート物置91

がんばって書いたのはこちらに置いとく →がんばってなくても置く事にした

杜若#16 テーマ:"星に願いを"

町の外れにある天文台。こんな世の中で星など眺めて何になるのか、と周囲の大人たちは非難するが、僕はこの場所が気に入っていた。
 喧騒とは無縁の場所、というのが一番の理由だが、ここで星を観察しているというササキの話が好きだった、という理由も動機のひとつだったかもしれない。ササキはうだつのあがらない初老の男で、一応ここの唯一の職員らしいが、掃除以外の仕事をしているのを見たことがない。放課後、僕が天文台を訪れた頃にはもう日が暮れていた。

「おう、坊主また来たか。そろそろ『便り』が来る頃だ。コーヒーでも飲むか?」
 妙に機嫌の良いササキの好意に、僕は素直に頷いた。

 ササキは支度をしながら、いつものようにおしゃべりを始めた。
「まあこの星に見切りをつけて出て行った連中、正確にはその連中の子孫、ということになるか。当時は無謀とか散々言われたらしいが、なんとか安住の地を見つけたらしい。
 昔はあちこちに天文台があってな、色々込み入った情報もやりとりしていたらしいが、先の戦争でそれどころでなくなってしまった。どうやらあちらも似たような状況らしい。」

 30年前の戦争の話は僕も学校で習った。
 戦後、天変地異が重なり復興は思うように進まず、生活環境の改善……平たく言えば食料の増産が今の政府の最重要課題だ。

「それでも細々と『通信』を続ける天文台は、お互いいくつかしぶとく生き残っているようでな。ここもその一つってわけだ。まあいつまで維持できるかわからんけどな……。」

 その時、「受信機」と書かれた古ぼけた金属の箱が、今にもかすれそうな音色で鳴動を始めた。

「おっと、噂をすればなんとやら、だ。復号するからちょっと待ってろ。」
 そう言うとササキは、受信機につながる別の装置を見つめたまま、受信した電文を読み上げた。

『お久しぶりです。お元気ですか。こちらは元気です。星暦1276年1月2日。TEパプソニアG2天文台

 そして今度は「送信機」と書いた装置に向かって鍵盤を叩き始める。入力した文字列がモニタへ浮かび上がる。
『お便りありがとう。そっちも大変だろうが、こっちも似たようなもんだ。なんとか無事でやっています。星暦1277年1月2日。新美原市天文台

 ササキは一通り「送信」の儀式を終えると、肩の荷が下りたと言わんばかりの弛緩した表情になり、僕にやっとコーヒーを淹れてくれた。
 ちょっと苦みのきついコーヒーを啜りながら、僕はササキに『受信』の日付の間違いを指摘した。もう年も明けたのだから1277年じゃないか、と。
 ササキは苦笑しながら教えてくれた。
「この通信機はだいぶ旧式でな、どうやら先方に届くまでちょうど1年かかるらしい。昔はもっと性能の良い装置もあったらしいがなんせこんなご時世だ。使えるだけでも有り難い、と考えるべきだろうな。あちらさんも似たような環境なんだろう。」
 ――つまり、次の「便り」は2年後ってこと? 僕がそう尋ねるとササキは少し寂しそうに笑いながら頷いた。

「なんせ遠いところだしな……。でもまあこの広い宇宙でお互い無事ってことが確認できた、この星空の中に同じことを考えながら星空を見上げている連中が居るってだけでなんだかちょっと嬉しくならないか?」

 そう言ってササキは古ぼけた望遠鏡を覗かせてくれた。
 ――僕はレンズの向こうで瞬く星に、1年後、ずいぶん間延びした年賀の挨拶が無事に届くことを願った。